2008年12月25日

冬の呼び声

冬の呼び声


 冬の寒さは君の不在を思い起こさせる。陽気に酒を飲んで、楽しければ喝采 半分は捨て、半分残った君の形見を脇へと寄せる。喪失の悲しみを埋め合わそうと急ぐのは愚かだ。冬の寒さに瞬きをする。Hello. 再び、夢のなかで君を見失っていた。



2008年11月21日

最後のページ

 庭の公孫樹が絨毯を敷き、朝晩の冷え込みも冬らしさを増してきた。
 日記をめくる頁も最後となり、一年ほど前に記されたメモが目にはいる。

We are what we pretend to be, so we must be careful about what we pretend to be.
――Kurt Vonnegut(1922-2007), he warned in the intro to his novel Mother Night.
        
(一行空けて)
        
   君看双眼色、不語似無愁
   人知れぬ思ひのみこそわびしけれ
         わが嘆きをば我のみぞ知る
   A man in the house is worth two in the street.


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 何を思って書き写したのかは定かではない。
 日記を適当に書き上げて、次のノートを探しに腰を上げる。

   古日記 仕舞いて涼し 足温め


| 日記

2008年10月03日

煙突のある風景

煙突のある風景


 そのマンションの四階のベランダからは、駐車場を挟んである銭湯の煙突が見えた。
 夜に疲れて部屋に戻るころなど、薄闇にぼんやりと煙突が見えたものだった。
 雪の日などは、煙突以外の景色は白く覆われ、煙突だけが黒々と、銭湯の屋根から枯木のように生えているのをいまでも見ることができるであろう。
 晴れの日などは、煙突は青空を飾る京都は下町の一風景として、マンションのベランダから眺望することができた。
 ところで雨の日はどうだっただろう。
 畳んだ傘を脇に持って、俯きがちにせわしく階段を四階まで駆け上ると、私は煙突のことなどどうでもよくて、いそいそと鞄からカギを取り出すと、ワンルームの部屋へと逃げ込んでいたに違いない。というのも、雨に濡れる煙突の記憶が、あるいはそれを含んだ風景の記憶が一枚も頭に残っていないからである。
 曇りの日などは、煙突は物悲しい雰囲気を代表するかのように、空へとひとり、ぽつねんと立ち尽くしていたのを覚えている。風に揺れるのは雲か路傍の人々のみで、煙突は白い煙りを吐き出しながら、いつものところにいつものように聳えていた。
 煙突のある風景は、いまでは昔の日々となってしまったが、煙突のある風景の記憶は、静かな喧噪を伴って、この胸のうちに、今日も白い煙りを吐き出している。




2008年07月31日

夏の余韻

 見上げれば曇り空。人影はない。
 足元のつちくれの蔭から顔を出した花が、凝っとこちらを見ている。
「この花、好きだな」
 と言ったひとの声を、どこかで聞いたことがあるような気がするものの、感覚はゴムまりのように跳ねたり踊ったりして、留まることを知らないでいる。
 君だろうか――そう思い、振り返ったその先には、真夏の蒼い田園が、モンゴルの草原のように広がっているばかりで、両手で瞼を塞いでいると、やけにうるさくセミの鳴き声が耳に入る。立ち尽くす私はまるで一本の樹木のようで、セミが背中に留まりにきてはひと休みしたり、鳴きだしたりする。足には夏草が絡まり、己は感じるのを止したいと思う――という私の意を知ってか知らずか、夏の空気はその身に私を飲み込みながらも平然としている。
 あれと、これと、それと、――指折り数えている子供を見る。
 遠くに子供の笑い声が転がる。
 何台もの車が通り過ぎる。
 静かに。それは静かに。
 何も見ないし聞いてもいない。
 夕暮れに、通り雨があった。雨は辺りをさらっと濡らすと東の方へと駆けていった。



2008年06月08日

孤独という悪徳

 パーティーも終わり、夜、駅のホームにひとり立ち、闇を
 宙へと蹴りあげる、悲鳴もなく、一切が沈黙している。
 うろたえる。汗ばんだ手をひらく、そこにある訴状を読み上げる。
 沈黙を返せ、静寂を返せ、孤独を返せ――などとの言葉を、夜風が
 食い散らかす。レールが軋み、最終列車がホームにはいる。だれもが
 君に似ていて、だからかわたしはうろたえる。だれもが君に似ていて、君の
 すがたは見当たらないまま、夜の孤影は列車に乗り込む。


 わたしは唇が欲しいと思う。
 それは渇きに似ていて、満たされることのない寂寥がかたちを変えて、わたしの唇は、重ね合わせる唇を求めて止まない。君は、さみしくないのか? 君は、唇を欲しくないのか? 唇を求めないで平気なのか? それとも単に、孤独ではない振りをしているだけなのか?
 ねぇ、その唇をくれよ、おれにくれよ、頼むからおれにくれないか、さみしいんだ、おれは泣きたいんだ、お前の乳房を口に含んで眠りこけたいんだ、夜にしづまる世界に鎖に繋がれた犬が吠えるよりも深く、するどく、おれは求めてやまない、だというのに、おれの唇は噤(つぐ)まれたまま、阿呆のように、向かい席に座るお前のかわいた耳より生えているイヤフォンを、この双眼が眺めているだけというのは、じつにくだらなく、やり切れない物語だ。
 世界が軋む、グングン軋む、その音が君のイヤフォンからもれ出ておれの耳まで届いて聞こえる。世界が軋む、その不協和音が孤独を包む。それぞれの孤独、ひとりひとりの孤独、「これ以上は、ちょっと……。」君の言う拒絶、あるいは冷め切った視線、夜、薄闇に放牧された春の星々、煌(きら)めきながら互いが互いを退け、かつ、互いを欲し、ああ! 息が詰まるほどの沈黙。
 ガタリ、と列車は揺れて、ドアーが開く。それぞれが勝手に出たり入ったりする。だれかが声を掛けてくるかもしれないとプラットフォームに佇(たたず)むのは愚かだ。夜が足早に立ち去るように、どこへとも知れず、夜の孤影は足早に立ち去る。As you see.



Solitude 



2008年05月28日

ミュージアム

博物館(ミュージアム)で、マヤの土器や琥珀でできた仮面よりも
それを見に来た若いひとの――名も知らない人の臀部が私をそそるのは
どうしたことか 古代人の形見よりも、目の前の生者は
礫(れき)石器よりも鋭く私の眼にはいり、ただ/\圧倒されるばかり.
博物館で、アステカに流れた血が乾いているなかで、人々は
蠢(うごめ)く 各々が、各々の想いを抱え、海を越え、日本の博物館に
ハン入された、マヤの天文歴を刻んだ石像・を・見る君は、何を感じる?

建物の空気はD&Gのワンピースのなかまで及び、ひとの流れは途絶えることはなく、
うろたえているのは古代人の魂(ソウル)か、私の孤独か、震えているのは君の
臀部か、真冬の太陽か――など、どうでもよい、という風に、
腕時計の針は、時のリズムを刻みつづける、無機質な魂と、無機質な太陽と、
無機質な私(の孤独)と、無機質な君(の臀部)を切り分けるように.



Museum



2008年05月14日

昨日もいた、今日もいた

一日の勤めを終え、帰り道の夕暮れに、農道に聞いた

カケスがひどく しゃがれた声で鳴くのを――
それはまるで うめいているようで 苦しげに。おまえと来たら
ひどくおれは気分がいいというのに
ひとり道を歩いて気分がいいというのに おまえと来たら一羽、野に座り込んで、昨日もいた場所で、似たように泣いているのはどういうことだろう。それが身に染みるのはどういうわけだろう。ひどく気分がいいというのに。一日の勤めを終えて、帰り道にあるというのに。おまえと来たら、しゃがれた声で、

「充分だ」

 そう言ってやりたい忌々しさをおれは覚え――、そうして歩みを緩めることもなく足早に農道をあとにした。たそがれを粉々にするおまえの声ときたら、それは悲鳴だろう、痛ましいことこの上なく――
一日の勤めをおれは終えたというのに、

「まだだ」

 と、おれの襟首を掴むように泣くおまえの泣き声、充分だからとおれも終いには声を挙げそうになって見上げた空に、いるじゃあないか、もう一羽、似たように鳴く、おまえの妻か、子供か連れが、おなじ空に、陽のなかに。

2008年05月13日

パンドラの匣

 眠れない夜、昔の馴染みに電話した。

「この電話番号は現在使われておりません。番号をお確かめになって……」
 機械的音声を、三度聞いた。四度かも知れない。
 
 この電話番号は。
 この電話番号は。
 この電話番号は。

 生きる上で、あるいは生きるために、実存するために、目を瞑らなければいけない事もある。
 ぼくは生きたい。しかし君は言う、Open your eyes.
 ぼくはかなしみを刮目する。
 二十九年、正確には二十二年とそれプラス七年だ。
 二十二で事切れた生。
 その引き金を、矯めつすがめつ、瞬きすらしていないのではないか――見ている。かなしみに手を突っ込んで、かつての痛みを抉り出して、フラッシュバックを意図的に引き出して、Open your eyes、笑い出す俺がいる、笑い出す俺がいる、22+7、22+7、22+7。
8を待つ? 8を待つ?

 この電話番号は。
 この電話番号は。
 この電話番号は。

 機械的音声を、三度聞いた。四度かも知れない。

 Open your eyes.
 Open, open, open.
 生きるより必要なこと。
 Open your eyes.
 Open your eyes.
 Open your eyes.
 実存より信念。
 生きることより、過去に目を向けること。
 Open your eyes.
 Open your eyes.
 この電話番号は。
 この電話番号は。
 この電話番号は。

 写真に笑うおれを見ている。
 写真に笑うおれを見ている。
 22に足りないおれを見ている。
 22に足りないおれを見ている。
 Open your eyes.
 Open your eyes.
 
 やり直そうと藻掻いている。
 やり直せると足掻いている。
 どうにかなる、どうにかなる。
 今を見ようとする、まずは生きることだ。
 
「あたしはそうは思わないの
 過去に目をつむるより必要なこと
 生きることより、過去に目を向けること」


 I miss the comfort in being sad.
 笑うぞおれは。
 笑うぞおれは。
 22に足りないおれを見ている。
 22に足りないおれを見ている。
 この電話番号は。
 この電話番号は。
 この電話番号は。



絶望がさり気なくそこにあるとき 痛みは引いて、晴れ間に吹くおだやかな風を見る。結構だ。痛みを紛らわすための種々を、家族、宗教、哲学、科学、愛などを思い返す。よしてくれ、目が回るばかりだ。太った太陽もいまではまどろむばかり。青ざめた季節に生のディレッタントのする欠伸。ぱくぱくと動く口、サイレントムーヴィ、世界は静かでありました。


It's not enough.




| 日記

2008年05月11日

傾ぐ日々

 今日の夕方、最近デジカメで撮り溜めた画像をテレビに出力していて、ぼんやりと景色が傾いているのに気がついた。たとえば民家が、いまにも右方へ滑り落ちそうになっていたり、前方に転げ出しそうになっていたりする。そう、狙って撮っているわけではなく、ただ自然にシャッターを切っているに過ぎない。そうしてわたしに景色は歪んで映ずる。実際には、たとえば地面にビー玉を置いたとして、それが転がることのない平坦なところに居たりする。頭では目の前の景色は平坦に造られてあると判っている――そして、目に覚える景色に忠実でありたいという思いから、わずかにカメラを傾けてシャッターを押しているのか。

「空は晴れているのに、まるで雨粒がそこかしこに降り注いでいるように覚えるときがある」
 と言ったとして、君は笑うか話題を逸らすだろう。
 
 こんな白日夢を見た。
 柳川の交差点で信号待ちをしている、先日の日曜日の昼過ぎのこととなる。
 私は利き手である左手に在りもしないイチジクの実を抱えていた。
 そうして、赤信号の向こうに立つ若い女を見ていた。
 太陽は照り、暑気は路上を満たし、繁く車が往来する。
 私の手が伸びるのか、女がイチジクの実に顔を寄せるのか分からない。
 しかし、イチジクの実は女の顔に当たり、グズグズと崩れる。
 女は嫌そうな顔をする。わたしも嫌な心持ちでいっぱいになる。
 そうして名も知らない女の顔にイチジクを押しつけているわたしに、わたしは唯不愉快を覚える。止めろ、と言いたいが、イチジクを手にするわたしは他人のようで、どうすることもできない。ああ、と心中、ほそく呟くのみで、赤くべとつく汁がしたたりおちて、わたしの手は汚れ、くるめき、いつより世界は傾いている。――
 
 と、信号が青に変わる。
 何事もなくすれ違うなか、信号を待つみじかい間に覚えた幻影に戸惑いを覚えながら、傾きのない世界を求め、わたしは映画館へと歩を急いだ。

2008年05月02日

冬まで

 最近の陽気に、夏も間近いのだなと知る。
 五月になって、やがて雨が繁く降る日々がはじまり、それからひと月も経つと、エアコンなしでは苦しいほどの暑い日々がまた訪れるのだろう。そして、私はぼんやりと冬の寒さを夢想する。
 
 冬の寒さに身震いするなかで手をこすり合わせ、足踏みする。
 それは、電車を待つ駅のホームであったり、バス停であったり、あるいは友人と待ち合わせに佇む駅前の広場だったりする。それらに共通していることは、その身を食む寒さに、身体はまったくのリアルを覚えるということになろうか。リアルだ。身体と私が被さる時。あるいは、私が身体に触れる時。それまではてんでバラバラに遊び、散らかってある私が一人になって、この目で目の前の景色を捉えている――遠くより己を眺めているのでもなく、私の身体のような、という不可解を覚えることもなく。もはや、自身に「誰?」と問う必要はなく、丁稚に出した稚児を思う母のように身悶えすることもない。冬に、君は知るだろうか、ここで、私の周りには幸福ばかりが滴り落ちる。
 
 ぼんやりと思慕に上る冬のすがたは、またふと気付けばそこにあるのだろう。
 気違いじみた真夏の暑さや気分屋の人等のように瞬きをする秋を突き抜けた先に冬がある。膿み疲れた生を奮い立たせる冬がまた、春の霞の向こうに広がっている。そうして冬に、君を連れてぼくはどこにでも行くだろう。泣きながら、笑いながら、沈黙し、しかし手を繋ぎながら。散々連れ回して怒らしてみよう、リアルだ。君とぼくとで冬をシェアする。太陽は驚き、月は雲に隠れるかもしれない。しかし、肌を刺す冷たさと、手に通う温もりはどうであるか。
 ぼくが欲しいのはリアルだ。

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